新しい天地と古い天地(1998年)
私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。(詩篇90篇10節)
九月十五日は敬老の日です。医学医療の進歩、社会福祉や生活の質の向上などによって日本人の寿命はずいぶん延びてきました。この頃町を歩いていると、とくに昼間などはお年寄りの姿ばかりが目に付きます。厚生省の統計によると、わが国の平均寿命は一九九六年では男七七・〇一年、女八三・五九年で、今や世界一の長寿国です。これが二〇五〇年にはさらに男が七九・四三年、女が八六・四七年に達すると推定されます。六十年前の一九三五年では男四二・〇六年、女四三・二〇年でしたから、六十年間で男は三五年、女は四十年寿命が伸びたことになり、これもまた世界一の伸び率であります。こういうわけで四五年前の一九五〇年には六五才以上の人口は全人口の五パーセントに過ぎませんでしたが、一九九五年には全人口の一四・五パーセントに増加し、三五年後にはなんと全人口の四分の一が六五才以上の老人で占められるようになると予測されています。かつて中国の杜甫という詩人は、詩の中で人生七十古来希と歌いましたが、それからとった古希、すなわち七十才の人は、今日ではまれどころか、ざらに見られるようになったのです。
ではこのような、いのち長き時代に生きるお年寄りは、みな何の心配もなく長生きをしていることを喜び、その人生をエンジョイしているでしょうか。
一九九七年の一月から八月までA新聞に「いのち長き時代に」という特集が連載されました。いのち長き時代に生きるお年寄りたちの抱える悲しみ、嘆きが生々しく取材されているこの記事が主張しているのは、長生きするということが、お年寄りが生きるということが、ほんとうにたいへんなことだということです。記事の中からいくつかの事例をご紹介したいと思います。
その一 妻に連れられて、七十六才のじいちゃんが相談室にやってきた。相談室に来たとき、ぼけの症状は中等度に進んでいた。精神科のA医師の前に、二人は並んで座った。妻は嘆いた。「ぼけたから、デイ・ケアーに行ってくれたらいいのに、言うことをきいてくれんのです」A医師がとりなした。「だれでも、ぼけることってあるんですよ。偉い人でも長生きすりゃ、ぼけるしねえ」そして続けた。「奥さんだって、ぼけるかも知れませんよ」無表情だったじいちゃんが、A医師の言葉に反応した。顔をさっと赤くして、唐突に言い放った。「そしたら、ざまみろと言ってやりますわ」意外な言葉に、妻は驚いた。しかしA医師は、そのひと言の意味を理解した。A医師は妻をおいて、じいちゃんと話し始めた。「物忘れについて、奥さんから何か言われることは、ありませんか」「ある」「しかられている感じですね」「そうだ」「ぼけたこと、まわりに知られたくないですよね」「ああ」呼び水に誘われるように、じいちゃんは心の内を語り始めた。「物忘れして、情ないことですわ。今までのように話せんようになって。仲間うちに出るとつらいもんで、外にも出なくなりました」夫の言葉を、妻は目を見張るように聞いた。ひどい言葉を浴びせてきたわけではない。でも、ささいな言動が夫にくやしい思いをさせていたのだ。そんなことは考えもしなかった。「もう何もわからなくなったと思っていました」妻はぽつりとA医師に言った。
その二 八十五才になるふみさんは、地区の婦人会長をつとめてきた。だが、十年ほど前から物忘れが目立つようになった。「近ごろ、物忘れがひどうていけんわ」毎日のように嘆いた。「年なんだから仕方ないよ」息子夫婦は母親を慰めた。ふみさんも「そうだわねえ。忘れるの当たり前だわね」と答えていた。淡々とした表情に、表向きは見えた。この痴呆老人のデイケア施設では、通ってくる痴呆老人に作文を書いてもらう試みを始めたふみさんは、自分がぼけることに対する心の内をつづった。彼女の痴呆は、自分がいま言ったことも忘れてしまうほどに進んでいたが、何とか文を書き切った。「物忘れがひどく、自分ながらこれからどうなる事かと心配で、たまらない毎日がつづいておりました。小学校のときは物おぼえが良く、おまえには何も話せんと、よく祖父に言われました。物忘れが気にかかり、夜はおそくまで眠れませんでした。私はもうこれで何もできなくなるのかと悲しく、夜寝ると涙が流れて困ってしまいました。これからの人生をどげしますだ」痴呆のお年寄り自身が、ぼけるつらさをつづった文は、施設の職員を驚かせた。その気持ちを少しもわかっていなかった施設の医師は打ちのめされた。専門家にも容易にうかがい知れなかった痴呆老人の内面。それは不安や悔しさが混ざりあった、深い悲しみだという。今は元気なお年寄りたちも、老いていく不安と戦っている。だが、老人たちの心模様は周囲には、なかなか見えてこない。
その三 若いころから「おしゃれの清さん」と呼ばれた。八十をすぎても独り暮らしを続け、みんなに感心された。ほかの年寄りとは違うという自負があった。だが、「老い」は容赦なくやって来る。ある日、自宅から、行きつけの喫茶店まで、いつものようにペダルを踏んでいた。気づいたときは路上に転んでいた。足をついたのに、片足で体重を支えられなかった。自転車に足がからまって起き上がれなかった。通行人に助け起こされたとき、八十九才の清さんは「自転車はもう無理や」と思った。この年で自転車に乗れることは自慢だった。本屋へ、スーパーへ、毎日出かけた。通りがかりの人が自分を振り返る視線さえ感じた。その自慢の「足」を、あきらめなくてはならない。きのうまでできていたことが、今日からできなくなる。これが老いなのかと、寂しくて、だれもいない家で泣いた。足腰はすっかり弱っていた。長女が手押し車を買ってくれた。でも、腰の曲がったおばあさんの買い物姿が頭に浮かび、どうしても使う気にならなかった。外に出るときは、車いすが必要になった。目も耳も衰えた。ますます追いつめられ、自分の殻に閉じこもった。思わず口走ったこともある。「生きていても仕方ない」「死んでしまいたい」ずいぶん涙をこぼした。それでも外では見えを張って「幸せ」をつくろった。
また今年の八月二十七日付のA新聞には、家庭でのお年寄り虐待という見出しで、大阪老人虐待研究会が家庭内での高齢者虐待について全国調査をした結果が出ていました。虐待の内わけは日常の世話の放棄、身体的虐待、心理的虐待、経済的虐待などであり、男性の場合は妻から虐待を受けている例が半数近くで、「自分も我慢してきたのだから、夫も我慢するのが当たり前」という意識で、自覚がないまま夫を虐待しているケースが多く、また女性の場合は息子の妻からの虐待が三分の一に上るということです。虐待されている高齢者は、知れたら怖い、見放されたら困る、家を離れたくない、と言った理由で、虐待されても、あきらめたり、虐待されていることを隠したりしており、ほとんどの人は訴えたり、助けを求めたりはしていないということです。この記事には虐待の内容や程度には触れていないので、具体的にどのような虐待かはわかりませんが、老いて心身が衰えたために頼るべき家族からも厄介者扱いにされて、いじめや、迫害を受けて心が傷つき、恐れたり、悲しんだりしているお年寄りが少なくないことを知って憮然とさせられます。
このような実情を知ると、私たちがこれまで漠然と長生きは幸せと考えていたことは当たっていないと思わざるを得ません。これについてすでに約三千年前に、イスラエルの王であり、世界一の知恵者といわれたソロモンは、次のような警告をしています。
人は長年生きて、ずっと楽しむがよい。だが、やみの日も数多くあることを忘れてはならない。(伝道者の書11章8節)
長生きをして楽しもうと思って長生きをしても、そこには闇の日、すなわち老いて心身衰えて苦しみ悲しむ日が多いことを忘れないように、ということであります。もちろん、すべてのお年寄りが今ご紹介した方々のように、お気の毒な状況の中で暮らしてはおられないでしょう。ご家族の愛の中に幸せに暮らしておられる方も少なくないと思います。しかし、たとえそのように幸せに見えるお年寄りであっても、飛躍的に伸びた老年期を長い時間生きなければならないのです。このような老いの中で、からだの衰え、頭の衰えを自覚したお年寄りの心の奥にある苦しみ、悲しみ、寂しさは、他人にはなかなかわかることはできません。ましてそのようなお年寄りの心を知って慰め、心の苦しみ、悲しみ、寂しさを取り去って上げることは、もっとも親しい家族ですら難しいのではないでしょうか。最近わが国では若者の自殺よりも老人の自殺が増加しているという事実も、このことを裏書きしているといってもよいでしょう。私たちはこのようなことから医療にしても、福祉にしても、また家族の介護にしても、人間のできることはお年寄りのほんの外側の部分にしか及ばないことを知るのであります。
ではお年寄りはただ絶望するしかないのでしょうか。いや、決して絶望することはありません。人にはできませんが創造主なる神様と神様によってこの世に遣わされた神のひとり子イエス・キリストが、絶望を希望に、悲しみを喜びに、不安を平安に変えてくださるからです。聖書には主なる神様の次のようなみことばがあります。
わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。主の御告げ。それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。(エレミヤ書29章11節)
ここで神様が「あなたがた」と仰せになっている中には、もちろんお年寄りが含まれています。そして神様はお年寄りにも将来と希望を与えるとおっしゃっています。お年寄りの将来には死が待っているだけだと考えるのが常識ですが、神様はお年寄りにどのような将来をお与えになるご計画をお立てになったのでしょうか。それはこの世における老い先の短い将来ではありません。永遠にわたる将来、すなわち永遠のいのちをお年寄りにお与えになるということです。お年寄りにとって、これほどの希望がほかにあるでしょうか。
しかし神様は、いったいこの計画をどのような形で実行してくださるのでありましょうか。それは神様のひとり子の神イエス・キリストを、貧しい人としてこの世にお遣わしになり、人々の手によって十字架の刑を受けさせ、また三日後に復活させるという、まことに驚くべき方法によってでありました。ヨハネの福音書には次のように記されています。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネの福音書3章16節)
預言者イザヤは、神の御子イエス・キリストが父なる神様のご計画を実行されるために人としてこの世にお生まれになるはるか前に、この信じられないような神様のご計画について次のように預言しております。
私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現われたのか。彼は主の前に若枝のように芽生え、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。(イザヤ書53章1~6節)
私たち人間が病や老い、ひいては死を味わわねばならないのは、私たちが神様に背いて自分勝手な道を歩むという罪の結果なのです。ですから、この罪が始末されなければ永遠のいのちを自分のものとすることはできません。しかし悲しいことに、私たちがこの罪を自分の手で始末することは不可能です。そのことをよくご存じである神様は、私たちの罪をご自分のひとり子イエス様に負わせてくださり、自分の罪を認めイエス様を自分の罪を贖ってくださった方と信じた者に永遠のいのちを与えてくださるのです。イエス様は次のようにおっしゃっています。
まことに、まことに、あなたがたに告げます。信じる者は永遠のいのちを持ちます(ヨハネの福音書6章47節)
また次のようにもおっしゃっています。
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。(マタイの福音書11章28~30節)
老いの重荷に疲れ果てたお年寄りが、神の御子イエス様の呼びかけに応じて、すなおにイエス様のみもとに行き、イエス様に自分をゆだねたときに、イエス様はそのお年寄りの疲れたたましいを新しく生き返らせてくださり、永遠のいのちに生きる希望を与えてくださり、天国までこの世の残された道のりをともに歩んでくださり、支えてくださり、また背負ってくださいます。神様は次のように約束しておられるからです。
胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って救い出そう。(イザヤ書46章3~4節)
ひとたび主に背負われているという幸いな霊的体験を味わった者は、次のダビデのように心から言うことができます。
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。(詩篇23篇)
イエス様のみもとに行き、イエス様に自分をゆだねたお年寄りが味わう平安、希望はこのようなものなのであります。
人間は生まれたときから老化が始まります。しかし生活が豊かでなく、また医学医療の水準が低かった時代には、乳幼児あるいは青年の年頃に、伝染病などの細菌の感染による病気に罹って死亡する人が多かったために、高齢に達するまで生きる人は僅かだったのですが、今では生まれた男の約五割は八十才まで生存し、また生まれた女の約七割が八十才まで生存するという時代になったのです。ですから今若いと思っている方も他人事ではなく、やがて気がつくと自分も高齢者になっているということになります。このような高齢化時代の対策として私たちはすぐに医療や福祉の充実ということを考えます。しかし、福祉や医療がいくら充実しても、それらによってお年寄りの心の奥にまで援助の手を差し伸べることができないことは、ごいっしょに見て来た通りであります。私たちはそこに人間のすることの限界を覚えざるを得ません。
人間の心の中に入ってまことの助けを与えてくださることのできる方は、私たちをお造りになり私たちを愛してくださる神様だけであります。ですから高齢化時代を迎えて何よりも大切なことは、私たちが年老いて何もわからなくなる前に、今、自分を造ってくださり、愛してくださり、平安と、将来と、希望を与えようと手を差し伸べておられるこの神様に顔を向けること、そしてその神様が遣わされた、人となられた神イエス・キリストと出会うことではないでしょうか。私たちはソロモン王の次の警告に心の耳を傾けるべきだと思います。
あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに。また「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に。太陽と光、月と星が暗くなり、雨の後にまた雨雲がおおう前に。その日には、家を守る者は震え、力のある男たちは身をかがめ、粉ひき女たちは少なくなって仕事をやめ、窓からながめている女の目は暗くなる。通りのとびらは閉ざされ、臼をひく音も低くなり、人は鳥の声に起き上がり、歌を歌う娘たちはみなうなだれる。彼らはまた高い所を恐れ、道でおびえる。アーモンドの花は咲き、いなごはのろのろ歩き、ふうちょうぼくは花を開く。だが、人は永遠の家へと歩いて行き、嘆く者たちが通りを歩き回る。こうしてついに、銀のひもは切れ、金の器は打ち砕かれ、水がめは泉のかたわらで砕かれ、滑車が井戸のそばでこわされる。(伝道者の書12章1~6節)
「わざわいの日」とは老年時代を指しています。注意して読みますと、ここには老年の心身の機能の衰えてゆく様子が詳細に記されていることに気づきます。すなわち老年は冬のように暗く、腕は震え、背骨は曲り、歯は抜けて少なくなり、視力は衰え、耳は遠くなって話し声も聞き取りにくくなり、眠りも浅くなって小さい音にもすぐに目が覚め、足腰は曲り衰え、ついにいのちを支えている紐は切れ、いのちは終わるという意味の内容であります。このような老いの衰えが自分の身の上にどんどん進行するのを日々味わいながら過ごさなければならない老年期は、まさに「わざわいの日」と言ってよいでしょう。
ですから先に救われた私たちは、身近に将来への希望がなく「わざわいの日」の中で悲しんでいるお年寄りがおられたら、手を差し伸ばしてそのお年寄りを招いてくださっているイエス様に心の目を向けることができるように、そしてイエス様によって「わざわいの日」を「しあわせの日」に変えていただくことができるように祈る必要があります。また自分はまだ年寄りではないからイエス様を信じるのはもっと先でよいと思っている方も、ソロモンの警告を謙虚に受け止め、手遅れになる前に救い主であるイエス様の呼びかけに答えて、イエス様の御前にへりくだることがきるようにお祈り致します。最後にパウロの次のみことばをお読みして終わります。
私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。(コリント人への手紙第二6章1~2節)