【7−1】祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳
第7章 ジョイアス・ブレッシング(Joyous Blessing)の祈り
数年前、ワシントン・DCのあるホームの事を知ったの。その家庭は、おばさんの、子供達へのあら探しの小言で、いつもテンションぎりぎりでした。ですから、子供達のお母さんのエレン・Rは、このために一生懸命お祈りしたの。どうか、おばさんの、このあら探しの態度を取り去ってください。
けれども、どんなにエレンが祈っても、状況は、なんにも変わらなかったの。エレンは、もうおばさんの態度と、おばさんが家に居る事に、怒りが増強、増強よ。
ある日の午後(そう、私はもう何年も前からエレンを知ってたの)エレンが、借りた本を返すために、私の家に来たの。
「ねえ、私って、もじめに見えるでしょう。自分でもわかってるのよ。子供達と、おばさんの間を、あっちに打たれて、こっちに打ち返されてるボール状態なのよ。」と彼女は弁解しました。
彼女の問題を話してる時に、私に、ひとつのインスピレーションがひらめいたのよ。
「ねえ、あなた。おばさんを変えてください。おばさんの性質を変えてくださいってお願いしたら、前にもましてひどくなって、おばさんは、もっとあら探しにするようになったと言ったわよね。
それなら、いっそ、<あばさんを変えてください>のお祈りをやめたら。そして、神様におばさんを祝福してくださいって祈ってみたらどうかしら。そう、おばさんのどんな事でも、何もかも祝福してくださいって祈ってみるの。」
エレンは、もうアストニッシュ(astonished) 驚愕よ。「 げげ! え、神様におばさんを祝福してくださいって祈りなさいですって。彼女にそんな値うちがあるかどうかにかかわらず^^;; げげ! 」
でも、私がそれに答えようとする前に、エレンはひとつ気がついたの。「アイ シー
イット わかたわよ。そうね、神様から何か祝福を頂く資格のある人間なんて、誰一人いないのよね。」 エレンは思慮深く言ってくれたわ。
わたしもエレンに言ったの。「そう エレン。イグザクトリー、その通りよ。神様からがたくたやぼろ切れさえ頂ける価値のある事さえ、私たちできやしないのよ。」
「わかったキャサリン。わたし、あなたの言ったように、おばさんの祝福を祈ってみる事にするわ。でも、いま、私のために一緒に祈ってよ。
「オフ コースよ。エレン。祈りましょ。でもね、エレン、あなたが、神様に誰かを祝福してくださいってお祈りするって事はね、あなたの祈りは、「その方を幸せにしてください」って祈る事なんよ。これを忘れたらあかんよ。「幸せにする」って事が聖書の
祝福=Blessing の 文字通りの意味なんよ。わかる?
つづく
【今日の英文読解】
"I see it,"Ellen said thoughtfully.
"I guess of us deserves anything from God,do we?"
「アイ シー」 エレンは思慮深く言ってくれたの。
「そうね、神様から何か頂けるに値する人間なんて、ひとりもいないのよね。」
【7−2】祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳
第7章 ジョイアス・ブレッシング(Joyous Blessing)の祈り その2
うーん、私が覚えてる所だと、エレンの祈りは大体次のような感じだったわ。まじよ。
「主よ。私は、知っています。あなたの御心は、わたしたちの家の中で、わたしたちが、今あるところより、もっとハッピーになる事でしょう。そして、次の事も知っています。わたしたちの家族の誰かが、アンハッピーだったら、みんながハッピーになれないって事。今、わたしのおばさんを祝福してください。彼女が必要としている方法で祝福してください。彼女に、ハピネスのギフトをください。こどもたちが、おばさんを尊敬し、愛する事ができますように。そして、私に、どうしたら、おばさんにもっと親切に優しくしてあげられるかも教えてください。アーメン。」
それから、一週間がたちました。エレンが電話してきたのよ。エレンは、日を追うごとに、彼女の祈りが、豊に答えられていると、語ってくれたのよ。
「家庭の雰囲気が今までの全く違うのよ。キャサリン、ブレッシング(祝福)の祈りって、ダイナマイトよ。もう。でも、私にはわからないの。今まで祈ってきたたくさんの祈りは、答えられなかったのに、なぜ、このブレッシングの祈りだけが答えられたの? 誰かのために喜びを願う祈りは、どうして、こんなんいパワーがあるのかしら。」
おそらくそうよ。神様が私たちの祈りに応じてくださって誰かが祝福されたのを見て、驚いてしまうのは、わたしたちが、イザヤ書の53章にあるように、イエス様を「悲しみの人で病いを知っていた。」の側面のみwp考えているからではないでしょうか。
もしイエス様が陰鬱な態度を持っている人だったとしたら、こども達を自分のもとに引きつける事はできなったしょう.たゆまない熱情を持って局面に対処していった人だけが無骨な漁師だった弟子達を引きつける事ができたのしょうね。
癒やされた人が喜んで自分の松葉杖を投げ捨てた時、ライ病人がきよめられた新しい肉体を祭司に見せに行くのに飛び跳ねて唄いながら出て行くときに、悲しみが長く続くはずはないわよね。それから、イエス様が、遭遇されたすべての葬儀を、中止させてしまった事を福音書が記している事も忘れちゃならないわ。
確かにイエス様は、人生の問題や失望を身をもって体験されたわ。「あなたがたは世にあっては患難があります。」とおっしゃいました。でも、「しかし」とイエス様は続けられました。「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」(ヨハネ16章33節)
この聖句を言い換えたら、「元気をお出しなさい。この世が与え得る最悪の事も、私にはとてもかなわないのだから。」と。
つづく
【きょうの英文読解】
Or in other words," Cheer up! The wrost that the wrold can do is no
match for Me"
この聖句を言い換えたら、「元気をお出しなさい。この世が与え得る最悪の事も、私にはとてもかなわないのだから。」と。
【7−3】祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳
第7章 ジョイアス・ブレッシング(Joyous Blessing)の祈り その3
イエス様の喜びの本当のソースは、忘れられない言葉で語られています。最初に詩篇の記者によって語られ(詩篇45篇7節)それから、ヘブル人への手紙でも語られたわ。
ヘブル1章9節
あなたは(キリストは)義を愛し、不正を憎まれます。それゆえ、神よ。あなたの神は、あふれるばかりの喜びの油を、あなたと共に立つ者にもまして、あなたに注がれました。
罪を知らず義であられるイエス様は、喜びであふれきらめくパーソナリティーを持っておられました。どうして、そうでない事があるでしょう。
ですからジョイアス・ブレッシングの祈りは、私たちのいさおしや、また欠乏とはかかわりありません。イエス様は、唯一の義なるお方です。それゆえ唯一ほんとうに喜び溢れたお方です。そして、イエス様は、その喜びを、それを受けようとする全ての人々に与えたいと、切望しておられるのよ。
わたしたちにも、わかってきたわね。エレンは、あばさんの立派さを、ジョイアス・ブレッシングの祈りの条件とはしなかったわね。何の基礎の上に祈ったのかしら。そうよ。エレンは、イエス様がこう言うのを知っていました。「あなたの敵を愛しなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。」(ルカ6章27から28)
わたしたちが、イエス様に従おうとしようとするやいなや、わたしたちは発見するのね。わたしたちに苦しみを与える相手を祝福しなさい。困難を解決する答えは、その相手と手を携えることだってね。
つづく
【きょうの 英文読解】
As soon as we begin to obey Him, We find that blessing those with whoom we
are having difficulties and the answer to these difficulties,
go hand in handa.
イエス様に従おうとるやいなや、わたしたちは発見するのね
わたしたちを苦しめる相手を祝福しなさい。
その困難を解決する答えは、その苦しめる相手と ハンド イン ハンドする
ことだって。
【7−4】祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳
第7章 ジョイアス・ブレッシング(Joyous Blessing)の祈り その4
ジョイアス・ブレッシングの祈りと、状況に介入される神様の力について考えさせられた体験が数年前にもあったの。ひとりの夫人が彼女の結婚生活についての助言を求めて、私のところに来たの。
お茶を一杯飲み終わる頃、彼女は話し始めたのよ。彼女は、今、女性として辛い打撃を受けていたところだったの。彼女の夫は、彼女に告げたの。もう君を愛していないんだ。もう、君とはやっていけないよ。
彼女、B夫人は結婚生活に問題が起こったのは、夫が悪いからだと思っていました。そして、夫を厳しく批判したの。夫は、教会行った事がない。子供と遊ばない、不誠実だ・・・。「神様しか 夫は救えないわ。」と憂鬱に嘆いたのよ。
わたしは、言ったのよ。「どのようにあなたの夫のために祈るか、ひとつ提案があります。」「神様に、あなたの夫の上に、霊的、肉体的、物質的な祝福を雨のように注いでくださいって、お祈りするの。そして、その後は、神様におまかせするの。」
B夫人は、お茶をすすりました。唇をそぼめて強く言い返してきたの。「私の主人は、もう十分すでにプロスパード(繁栄)だわ。それが、トラブルなのよ。夫を目覚めさせて、神様に立ち返らせるのに必要なのは、困難な試練、困難な試練だけよ。」
彼女は、「神様が、私の夫を変えてくださるように。神様が、夫をもっといい人に変えて私に返してくださるといいわ。」と言い捨てて、帰っちゃったの。あら〜。
そして、彼女の祈りは天に上がらず地に落ちたの。夫は、B夫人と離婚し他の女性と再婚してしまいました。イエス様は、福音書のたとえ話の中で、B夫人が夫のためにしたようなお祈りについて論評してるわよ。
ある日、イエス様はパリサイ人と、貧しい取税人が宮で祈っているのをご覧になりました。そして、お弟子達に話されたの。パリサイ人のような祈りは、とんでもない。パリサイ一葉、「私はほかの人々のようにゆする者、不才な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようでないことを感謝します。」(ルカ18章11節)と祈ったのですよと。
それからイエス様はパリサイ人の祈りについておっしゃいました。「これは、祈りじゃないね。ひとりごとだね。」もちろんパリサイ人は、「義と認められて」(ルカ18:14)て、家に帰ったのではありませんよ。パリサイ人の祈りは、答えられませんでした。
つづく
【きょうの英文読解】
She left saying that she was going to pray that God would change her husband,make him good,then bring him back to her and children.
彼女こう言い捨てて行ったちゃった。
「うちは、こう祈ってるやるわ。神様が夫を変えてください。
彼を グッドにして、私や、子供に返してちょうだいな。」
【7−5】祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳
第7章 ジョイアス・ブレッシング(Joyous Blessing)の祈り その5
なぜ、パリサイ人の祈りは答えられなかったのかしら。神様は、私たちの唇から出る言葉をお聞きになるように、その背後にある私たちの本音をお聞きになるのよね。じゃーパリサイ人の本音って、なんだっかしら、パリサイ人は、こう言いたかったのよね。
「感謝します、主よ。だって、私は、取税人のようじゃないでしょう。こいつが悪いように悪くなくて、私は、とっても善良でしょう。こいつは、あなたの祝福を受ける価値なんて、てんでありませんよね。こんな罪人には、あなた様が、もっと苦難をお与えになったらよろしいのじゃないかしら。そんな事でもすれば、正気に立ち返るかも。主よ。悪人達を繁栄させておくなんて、ございませんでしょう。」
たぶん私たちは悪人が繁栄するのを望まないでしょう。でも、悪人は確かに繁栄してる事もあるわね。何世紀にもわたって、この問題に、人類は悩んできたものよ。聖書の中でも、もっとも初期に書かれた書物のひとつヨブ記の中でも、ヨブはこの問題と取り組んでいるわ。
でも、イエス様はリアリスト(現実主義者)よ。今もイエス様はそうです。イエス様は、神様が愛なるお方である以上、悪人がしばしば栄えるのを許されるのは当然であるとされました。
マタイ5章45節
天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。
マタイ5章44節 or ルカ6章28節参照
ですから、もしあなたがたが、天におられるお父さまのほんとうの子供になろうとするなら、あなたがたは、あなたがたの知っている人すべてに−−−たとえ、どんなにあなたがたが彼らに個人的に虐待され、傷つけられたとしても−−−最上のことが起こるように祈らなければなりません。
そんなら、イエス様は、善でも悪でも神様にとってはささいな事だと言っているのでしょうか。とんでもないわ。罪は、めっちゃシリアスな問題です。キリストを十字架につけ、世界を少しづつ大災害の瀬戸際に追い込んでいます。
でも、問題は、こうなのよ。自己義認の祈り、他者を非難する祈りは、悪人から善人に、人を変える事はできないって事よ。ただ、喜びに溢れた愛だけが、他者を贖えます。
つづく
【きょうの英文読解】
But the point is that self-righteous prayers or accusing prayers
do not change men from bad to good.
Only joyous love redeems.
しかし、問題は、こうだ。自己義認の祈りと、非難の祈りは、人を善から
悪に チャンジする事はない。 ジョイアス・ラブ のみが、リディーム
するのだ。
【7−6】祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳
第7章 ジョイアス・ブレッシング(Joyous Blessing)の祈り その6
ある夜、ドイツミュンヘンの教会で、私のユダヤ人の友達、コーリー・テンブームは、イエス様のハードなトレーニングを受けたの。彼女の敵を愛しなさいと言うトレーニング。
彼女が、ミュンヘンのその教会でちょうど、スピーチを終わった時に、彼が彼女の目に留まったのね。彼は、ヒットラーのドイツ親衛隊の看守だったの。そしてなによりもラベンスブルグ強制収容所の囚人たちが特に嫌った人物だったの。
そして、コーリーと彼女の姉のベッツィーがそこに収容されていた時に、彼女たちを意地悪く働かせた多くの看守のひとりだったのね。そう、お姉さんのベッツィーは、その収容所で亡くなったの。
1945年の終戦で解放されてから、コーリーは、それまでの敵国ドイツへ行き、耳を傾けてくれるすべての人に、神様が燃えさかる炭ののように彼女の心に置かれた赦しのメッセージを語ってきたのよね。
そして、今、目の前に彼がいるのです。コーリーは、解放されたから看守に会ったのは、これが初めてだったの。彼は、いやらしい目をして、人をあざけるような声で、ラベンズベルグの収容所のシャワー室の入口で監視していた人でした。コーリーは、彼が自分の方へやって来るのを見て、心が沈んだのね。
「ご婦人よ。」と彼は、手を差し出しながら猫なで声で言いました。「なんて感謝なメッセージをありがとうございます。イエス様が、私どもの罪を洗い流して下さるなんて、感謝でいっぱいで、ございますです。」
コーリは彼女の右腕が固まったように感じました。まっすぐ伸びて動きません。彼女の中で、怒りと復讐心が煮沸しました。もちろん彼女は、それがどんなにいけない事かを頭では知っていました。あなたの敵を愛しなさいと言うスピーチを終えたばかりの彼女は、今自分が言った事を自分に求められていたのね。
彼女はほほ笑もうとしたの。手を上げようともがいたの。でも、できないの。彼女の心は、手を差し伸べて自分の前に立っている男に、温かみのかけらも感じる事ができないの。
「Jesus I can not forgive him. イエス様、無理よ。私は、彼を赦せません。Give me Your forgiveness. 私に あなたの赦しの心をください。」
彼女は、心の中で祈りました。その時、どうしたのでしょう。彼女の腕が動いたの。彼女腕が、その男に向かって差し向けられたの。そして、指がその男の手と触れた時、信じられないけど、電流のようなものが彼女の体を駆け抜けたの。電流が肩から腕に、そして目の前に男に伝わっていったの。
同時に、彼女の心の中に、(彼女にとって、可能なんて思えなかった)目の前の看守の男に対する喜びに満ちた愛がわき起こったの。
それから、コーリー・テンブームは、神様が、看守のその男に豊かな祝福を注いでくださるように、容易に祈れるようになったのよ。
つづく
【きょうの英文読解】
Then Corrie's arm reached out and as her fingers touchted the man's,
incredibly,she felt something like an electric current begin at her
shoulder,race along her aorm and pass into the German.
。彼女の腕が動いたの。彼女腕が、その男に向かって差し向けられたの。そして、指がその男の手と触れた時、信じられないけど、電流のようなものが彼女の体を駆け抜けたの。電流が肩から腕に、そして目の前に男に伝わっていったの。
【7−7】祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳
第7章 ジョイアス・ブレッシング(Joyous Blessing)の祈り その7
こんふうにコーリー・テンブームは、私たちが遅かれ早かれ到着しなくちゃいけない真理を発見したのね。つまりね。私たちが、「 敵 」のために、喜びを祈り求めるほどに、敵を愛することがきでるのはね、ただイエス様が、わたしたちのためにそうしてくださるからだって、真理よね。多くの喜びの油を注がれたイエス様がね。
イエス様が歩まれるずっと前、古代イスラエルの人は、「喜びは、神様のご臨在を覚えるカギであると。」と言う真理にずっとつまづいてたんじゃないかしら。
主を喜ぶ事はあなたがたの力である。
あなたの御前には喜びが満ち・・・
喜びをもって主に仕えよ
喜び歌いつつ主の御前に来たれ
(ネヘミヤ8:10別訳、詩篇16:11、詩篇100:2)
ダビデがこの詩篇を書いた時って、たぶん、彼が文字通り喜び歌い踊りつつ神様の御前に出た日を思い出していたのでしょうね。イスラエルの宿敵ペリシテ人は、とうとう打ち破られたのね。そう、神様の箱が、今、無事にエルサレムに運ばれてくるの。 ダビデはその時、このようにしてそれを持ち帰ったの。
2サムエル6章12から15節より
喜びをもって・・・・ダビデは、主の前で、力の限り踊った。・・・歓声をあげ、角 笛を鳴らして・・・
それなのにダビデの妻のミカルは、ダビデが喜び夢中になっているのを見て当惑したの。彼女の夫が物笑いになっていると思ったのね。それで、ミカルは「心の中で彼をさげすんだ」のね。
聖書の記述は、それから奇妙な注釈をつけているの。ミカルは、彼女の最も熱烈な願いが聞かれなかったと。ミカルには、死ぬまで子供を産む事がなかったのね。(2サムエル6章20節から23節参照)
聖書は、この事について、これ以上何も説明しないわ。ミカルがダビデのように喜びに入る事ができなかったのは、もっとディープなトラブルの兆候だったのじゃないかしら。王妃ミカルは、夫のダビデを軽蔑しました。この前、お話ししたB夫人も、たぶん習慣的に悪意と怒りを、夫に抱いていたのでしょうね。それは祈りを最も妨げるものよね。
もしミカルに赦しの心があったなら、喜びは愛と手を握り合えて、子供を宿したいと言う彼女の願いも、多くの祈りとともに答えられていたんじゃないかしら。
つづく
【きょうの英文読解】
Like Mrs.B------,she was probably habitually nursing grudges and resentments prime blockages to answered prayer.
B夫人と同じよね。おそらくね。彼女はもう習慣的にだったのかなあ。恨みと憤慨に満ちてたのよね。それは、祈りが答えることの最大の妨害なのよね。
【7−8】祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳
第7章 ジョイアス・ブレッシング(Joyous Blessing)の祈り その8
アグネス・サンフォード夫人、イギリス国教会の牧師の未亡人なんだけど、彼女のベビーが、耳に腫れ物ができて6週間も病症にあった時に、はじめて喜びの力を体験したの。彼女が後で語った事なんだけど、彼女の癒やしを求める祈りは、心の中にある恐怖と、自暴自棄のために否定されていたの。
そんなある日、ひとりの若い牧師が訪ねてきたのよ。「ボクは、二階上がって、ベビーのためにお祈りしたいんだけど。」と彼は言ったの。
彼女は自分があんなに祈って答えられなかったので、いまさらの彼の祈りがと思いましたが、それでも、彼をベビーの部屋に案内したのね。さて、若い牧師は、ベビーの頭を彼の大きな両手で優しく支えました。
彼女は、後日その時の事を思い出してこんなふうに言うの。「その牧師先生の目が輝いて見えたの。先生は、愛と喜びに溢れているようにも見えたわ。それで、私は信じたの。喜びは、力に満ちた内なる命を与える、天からの<OK>のしるしよね。」
さて、ベビーは、すぐに眠ったの。そして、ベビーが目を覚ましたら、すっかりよくなっていたの。
エリザベス女王の旗、そうバッキンガム宮殿にも翻ってるんだけど、その旗は、クイーン・エリザベスが、そこに住んでおられるしるしよね。クリスチャンの目に輝く喜びは、王なる王がその中に住んでおられるしるしだわ。
同様に祈りにおける喜びは、王なる王がその中に住んでおられるしるしなのね。とってもシリアスな、そしてもう悲劇的なシチュエーションでも、喜びをもって祈る方法が見つけられるわ。わたしたちは、癒やしを必要としているの。その時は、なぜ健康を望んでいるのか自分自身に問いかけてみて。それから、健康になったらそれをどう用いるか、その幸せな一連の絵を頭の中に思い描くのね。
それとも、わたしたちは、フィナンシャル・ヘルプ(経済的な助け)を必要としてるかしら。どんなふうに資力を使おうとしているか問いかけてみて。喜びに満ちた祈りの方法は、わたしたちが、与えられたお金をどんなふうに使うか。そう、自分自身のためではなくて、主の喜びを他の人々に分け与えるためにとか、一連の絵をあなたの心の中に描くのね。
わたしは、この ジョイアス・ブレッシング(Joyous Blessing)の祈りが、すばらしく答えられるのを。見て木田ので、最近は、世界平和のカギだって、ここにあるんだわと思うようになったくらい。祈りに真剣になっている人々でさえ、他の国の人達のために、どのように祈るのかを知るのは容易なことではないのよね。彼らの理想や考え方が私たちと違うとき、ましてや彼らが私たちの敵と考えられるときは、とっても、むつかしいわね。
たぶん、イエス様は、わたしたちに次のように言いたいのじゃないかしら。「どこの国の人も皆、ぜーーんぶ、私の子供なんだよ。乱暴で貪欲な人がいても、私を無視して私の純潔なこどもたちを餌食にしても、彼らには、解放が必要で、すべてを包み込む私の愛に来る事が必要なんだよ。」
つづく
【今日の英文読解】
Or do we need financial help?
How would we use adequate financial resources?
One way of joyous prayer is to create a series of pictures in the mind of the way we would use money,not just for ourseves, but to extend His joy to others.
それとも、わたしたちは、フィナンシャル・ヘルプ(経済的な助け)を必要としてるかしら。どんなふうに資力を使おうとしているか問いかけてみて。喜びに満ちた祈りの方法は、わたしたちが、与えられたお金をどんなふうに使うか。そう、自分自身のためではなくて、主の喜びを他の人々に分け与えるためにとか、一連の絵をあなたの心の中に描くのね。
【7−9】祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳
第7章 ジョイアス・ブレッシング(Joyous Blessing)の祈り その9
侮蔑してくる人を祝福したり、ぜんぜんしっくりしない人を祝福したり、彼らのために祈ったり、そんな事、わたしたちの努力ではとてもできないわよね。 とても問題を処理できない事を認め、私たちのうちに住んでくださるキリストに、私たちにかわって、それらの人々を愛してもらわなければならない事は、明らかよね。
けれども、もしほんとうに、ほんのわずかな住民が、「敵」国民のために、喜びの祈りをする事ができたらどうかしら。つまりね、神様の溢れるばかりの祝福が、それらの人々に注がれる事を、本当に願い求める事ができたら、きっと驚くべき結果がもたらされるでしょうね。
このような考えに対して、わたしたちの反応はどうかしら。たぶん先に話したB夫人と同じレベルかもしれないわね。 危険ですよ。化学、宇宙、軍事のノウハウ。経済も。の国が、自分の国より抜きんでるのを願えるかしら。
「悪い人にも良い人にも太陽を上らせ」(マタイ5章45節)られるのが神様よね。そして、神様の喜びの太陽は、人種、政治、国籍にかかわらないわ。その事を私たちが知るなら、敵の国の祝福を祈るのは、ぜんぜん危険じゃないわ。
7章 おわり