祈りの冒険【2−1】 


  第二章 ヘルプレス(もうおしまい)の祈り

私は、首都に住んでた事があるのよ。その頃、ワシントン・ポストによく記事が載ってたのよ。カルバート・ストリート橋から、自殺者が飛び降りたって。実際、その事は、何度も起こるので、その橋は、「自殺橋」って、時には呼ばれたのよ。

 ひとつひとうの小さな記事の背後には、もちろん、ヒューマン・ドラマがあるわよね。31歳の妻が手術できない癌にかかりました。妻が亡くなってしまった初老。・・・
私は、これらの悲劇にはおそらく共通の分母があるように思うの。

 きっとひとりひとり、ヘルプレス(助けがない)と感じたのよ。もし、私がその時に、彼らとお話できたら、私はこう言うわ。 ヘルプレス(助けがない)は、人間が持つ事ができる大きな財産なのよって。

 だって、私は思うのよ。陳腐なクリーシェイ(ありきたりの決まり文句)が、「天は自ら助くる者を助ける。」って言うのは、ミスリードどころか、大間違いよ。私の最も、スペクタキュラー(壮観な)な祈りの答えはね、私が、ヘルプレス(助けがない)の時に来るんだもの。もうおしまいの時にね。

 詩篇の祈り手は、祈ったわ。「 When I was hemmed in, thou hast freed me often」
  詩篇4篇1節より
  あなたは、私の苦しみの時に
   ゆとりを与えてくださいました。

 私は徐々に学んでしまったのよ。この「行き詰まり(もう おしまい)」は、神様が問題を適切に導かれる事を私たちに教えるのに、最も良いデバイス(端末 装置)になってるって事よ。


・・・・つづく


祈りの冒険【2−2】 

  第二章 ヘルプレス(もうおしまい)の祈り


 私には、こんな経験があるのよ。最初の本を出そうとしてた時なの。スコットランド長老派教会の牧師で、アメリカ合衆国上院のチャプレンの、ピーター・マーシャルの若い未亡人として、多くの人がかなり大胆なプロジェクトだわと感じる事を試みようとしていたのね。

 原稿の途中くらいまでいった時かしら、私はね。その人の意見を信頼している人から壊滅的な批判を受けたのよ。彼は私に遠慮無く言ったのよ。「 あんたは ピーターの事をわかってないね。」

 彼は正しかったわ。胸に刺さったわ。ライターとしての私の不十分は知的な部分だけじゃなかったのね。感情的にもね。たくさん泣いたわ。でも危機が去って、大きな事がわかったの。

 ヘルプレス(助けがない)の状況の中で、神様におまかせする以外、選択肢がなかったのよね。どうか、この本の中にピーターと言う人間が居ますように。彼が満ちますように。

 そしてね。「ピーターと呼ばれた人」の本は、世界中で数万冊も配本されたの。20世紀FOXで映画化もされたわ。でも、映画会社は、ピーター・マーシャルの生涯のインスピレーションによってこの男性が宣教会に入会することによって変化した人生の比較を、あまり重要に扱ってくれなかったのよ。



つづく



 翻訳付記

 うーん。
 著者の キャサリンの旦那さんの ピーター・マーシャルが 米国長老派教会の大物牧師さんで、米国上院のチャプレンまで勤めたすごく有名な人で、「A man called Peter」が 20世紀FOXで 映画化されてたって、わかるまで、なんで、ここで 映画会社の名前が出てくるんだろうと悩みましたあ。



映画化された キャサリンの主人の 「ピーターと呼ばれた男」
https://www.youtube.com/watch?v=c2M4jvxJTDQ



映画 ピーターと呼ばれた男
ピーターと呼ばれる男は、ヘンリー・コスター監督のリチャード・トッド主演の1955年のアメリカのドラマ映画です。この映画は、アメリカ合衆国上院の牧師であり、ワシントンD. C.のニューヨークアベニュー長老派教会の牧師であり、まだ若くして召された牧師ピーターマーシャルの人生に基づいています。


祈りの冒険【2−3】 

  どんだけ〜〜!

 それから何年かしてね、私は、ヘルプレス(もうおしまい)の祈りが、日々のシュチュエーションの中で働いてるのに気がついたわよ。日々の家庭の中でね。

 1959年にレオナルド・リソードと結婚するまで(1949年にピーターが召されて10年後 キャサリンは再婚しました)彼の3人の若い子供達をお世話できるか恐怖だったの。私の息子のピーターとジョンは、学校を終わってもう何年もたってたし、わたしは執筆の仕事をかかえてたから、子どものお世話なんかできるかしらってね。もちろんレオナルドは、最大限家庭でも私を助けるって約束してくれるんだけどね。

 でもね。大変だったのよ〜。どんだけ〜って? ニューヨークのチャパクアでの生活はね。数ヶ月が過ぎていったわ。数週間、ひとりの婦人の滞在もあったの。私たちはいろいろ記事を部類しようとしたけど成功しなかったわ。そりゃ祈ったけど、解決策がなかったの。。

 わたしは結局、なにもかも自分でやらないといけないと思い込んじゃったわ。でも、それは家庭を素敵に維持するフルタイムの働きよりたいへんだとわかって、もう机に近づかなかったの。

 だからそう。古いおなじみのパターン。「ヘルプレスの祈り」 私は、自分でできないって認めたのよね。それから、わたしのメインの仕事は、わたしの家庭にあるって認めましたよ。もし、神様が、私に何かを執筆される事を望まれるなら、神様がその方法を示される事でしょうよ。

 私は、ヘルプレス(もうおしまい)って認めたの。そしたらね。たいへん。ルーシー・アーセナルトって女性が私たちに送られて来たの。ルーシーはね。頼り切れるくらいすばらしい料理ができるの。グレートな人なのよ。どんだけ〜。

 Why would God insist on heplessness as a prerequisite to answewd prayer?
神様は、どうして、お祈りに答えられる「前提条件」として、「ヘルプレスネス(もう おしまいさ)」を強調されるのかしら?

 ひとつのはっきりとした理由があるわ。人間の「ヘルプレス」は、基盤的な事実なのよ。神様は、リアリスト(現実主義者)よ。そして、わたしたちもリアリストよ。

 な〜んて、長きにわたって、わたしたちは自分自身を欺いてきた事かしら。私たち自身が、わたしたちの心の望みに答える事ができるなんて。うそっぱちよね。そして、お祈りが自己欺瞞と不真実の中で答えられる事はないのよね。


つづく


【2−4】 祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳

 じゃ、考えて見ましょうよ。「ヒューマン コンディション」についてね。

 誰だって、自分の出生について何かできっこないわね。男であるか、女であるかとか。そうそう、日本人か、ロシア人か、アメリカ人かなんてね。白人、黄色人種、黒人。そうなのよ。誰も自分の血筋に関与できないし、基本的なメンタルとフィジカルに関与できないのよね。

 私たちが生まれから生命を維持するバイタルな要素は、みんな自律神経が勝手にコントロールしてるよね。誰もがリアルに理解していない力によって、心臓は鼓動してるでしょう。肺は呼吸してるし、血液は循環してるじゃない。そして、体温は平熱に維持されてるのよ。すごいわ〜〜。おどろき〜〜!

 外科医の先生は、組織をメスで切り裂く事ができても、組織を再びくっつける事はできなでしょう。 わたしたちは、何もしないでも、自動的に年をとっていってしまうわ。イッツ オートマチックよ。 そして、自己再生できないの。そんなこと、こわいでしょう。

 わたしたちが住んでる地球って宇宙の星についても、そこに居る被造物にもわたしたちは、何も出来ないのよね。わたしたちが住んでる小さな地球は、熱源であり光源である太陽から、エグザクトリー(きっちり)に、93ミリオンマイル離れてあるのよね。 もうちょっと地球が太陽に近かったら、わたしたち、焼け死によ。もうちょっと遠かったら凍え死によ〜。

 あなた、空気中の酸素と窒素のバランスを考えてみた事ある?それは生命維持のために、土地のために、岩のために、絶妙のバランスなのよ。これらは私たちにどうにもできないし、この事で、誰も地球に貢献できないわ。

 
 イエス様は、これらの事について、なんて、コメントされてたかしら? イエス様は指を問題の中心にむけられて、おっしゃるわ。 「 わたしなしで、あなた、何もできないでしょう 」

つづく


【2−5】 祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳


  「パーフェクト・ヒューマニティーと ジーザスと ヘルプレスネス」

 人間って、どんだけ〜 進歩するのかしらね。、確かに、わたしたち人間は、すごい進歩をしてきたわよね。 天然痘、ペスト、結核、ポリオ、それに小児期に感染するほとんどの感染症に、打ち勝ってきたじゃない。

 また、環境をコントロールする事も学んできたわよ。アポロ11号で、とうとう月に人が立ったじゃないの。こんなに進歩してる私たちが、ヘルプレス(無力 もうおしまい)なんて、事があるの?

 わたしたちのほとんどは、そんな主張を快く思わないわよね。わたしたちの時代のヒューマニズムのカルトは、わたしたちが、自分自身の運命のマスターになれるのに十分であると、信じるように私たちを訓練しちゃったわ。

 でもね。イエス様は、私たちにこの「ヘルプレスの真理」を主張されるだけではなかったのよ。なんて事でしょう。イエス様はご自身が、人間としての肉体を持って、この地上で過ごされる間、わたしたちと同じヘルプレスを背負っておられると語られたのよね。

 弟子達に、イエス様はおっしゃたじゃない。「 私は、自分だけでは、何もできないんだよ。」って。イエス様は、パーフェクト・ヒューマニティー(完全に人として歩まれた事)を示されました。 そのパーフェクト・ヒューマニティーって、ヘルプレスであるって、事よね。



つづく


【2−6】 祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳

   「ブラザーローレンス も 言ってたわ」


 聖書は、わたしたちがフィジカル(肉体的)に関してもいかにヘルプレス(無力)であるかだけではなくて、スピリチュアル(霊的)に関しても、どんなにヘルプレスであるかポイント、ポイント書いてあるわ。

 わたしたちは、神様にインパルスできるように覚えます。わたしたちは、神様に手が届くように思います。

 でも違うわよね。ヨハネ6章44節よ。

 ヨハネ6章44節前半
 わたしを遣わした父が引き寄せられないかぎり、だれもわたしのところに来ることはできません。

 私たちは、罪からのサルベーション(救い)と永遠の命を欲するわよね。私たちは、このサルベーションを、自分の力で得る事がきるからのように思ってしまうわ。でも、そうじゃないわよね。真理は、こうよ。エペソ2章8節9節よ。

 エペソ2章8節9節
 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。 行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

 私たちが日々の生活で勝利するのに必要な徳と恵み、信仰、喜び、忍耐、心の平安、みじめな愛されない人達をも愛する能力、、、これからに関して、このようなクォリティーをわたしたちが作り上げる方法なんて、ないのよね。

 パウロはガテテヤ5章の22節23節で、それらは、聖霊様からのギフトだと語ってるわ。

 ガラテヤ5章22節23節
 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実柔和、自制です。

 聖霊様からギフトを受ける以外、ほかにどんな方法もないのよね。

 ヨハネ3章27節にもあるわ。

 ヨハネ3章27節
 ヨハネは答えて言った。「人は、天から与えられるのでなければ、何も受けることはできません。

 他の時代のクリスチャンの書物の中でも、わたしたちのヘルプレス(無力)について、繰り返し書かれてきたのよね。たとえば、17世紀の小さな宝石のような書物。ブラザーローレンスの「 敬虔な生涯 神の御前にある修練 」の中で、この無力さが、ローレンス(洗足カルメル修道院のブラザー)と神様との関係で、ヒンジ(ちょうつがい)のように働きをしていると書いてあるの。

 敬虔な生涯 12頁より

 何か良い事をする機会が与えられたとき、いつも「主よ、あなたが能力を与えてくださらないなら、この良い事はできません」と申し上げると神は十分な能力を与えてくださいました。

 敬虔な生涯 13頁より
 私が自分の仕事に失敗した時、その過失を神に告げて、「あなたが私を一人残しておられるなら、私は失敗のほか何もなりません。私の倒れるのをふせぎ、わたしの足りない所を補ってくださるのは あなたでなければなりません。」と申し上げて、それからはその失敗について、思い煩いませんした。


つづく


(We feel an impulse towads God.  なんとなく インパルスってわかりますが
ちょっと むつかしいセンテンスでした。)



【2−7】 祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳

「 with God all thing are possible 」


 もちろんそうよ。私たちの中の誰が、ブラザー・ローレンスいたいなマチュリティー(成熟)を持ってるでしょうか。いないわよね。わたしたちなんて、すぐに自分をコントロールできなくなっちゃうじゃない。そして、もうヘルプレスの状態に落ちちゃうのよね。
 こんなふうに、ヘルプレスに落ちちゃったら、その状態をね。歓迎しましょうよ。、ウェルカムよ。ウェルカムしましょうよ。そんなヘルプレスの中で、劣った霊しか持っていないわたちたちは、ヨハネ15章5節の真理の中に飛び込まされるのよね。


 ヨハネ15章5節 後半
わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。


 
 アーサー・ゴシップ博士を知ってる。インタープリターズ・バイブル(聖書の有名な解説書)のヨハネの福音書の解説を書いた、どえらい先生よ。彼は、こう言ってるよね。


 「私を離れては、あなたは何もする事ができない。」ヨハネ15:5後半。この御言葉は、聖書の中でだんとつ一番 ホープフル(希望に満ちた)なんだよ。このみことばは、キリストを離れては、わたしたちはフェックレス(むちゃ 弱い)であることを フランクに認めることをベースにして、イエス様がわたしたちに大きな約束を与えてくれてるって事なんだぜ。 」



 大きな約束!わたしたちのヘルプレス(無料)を、千倍以上埋め合わせて十分な約束。「 with God all thing are possible 」神様がいっしょななら、なんだって できるんだよって約束よね。
 
 神様は、ominpotent オムニポテント=全能で、transcendent トランセンデント=超越者で、imminent イミネント=差し迫って臨在されてるわよね。その神様が、わたしたちのリアライズ=理解をはるかに越えて、すべての上におられると、イエス様は語っておられるよね。

 ヘルプレス(無料)だけで歩もうとするのは、片方の翼だけで飛ぼうとする鳥みたいなもんだわ。けれどもね、そのヘルプレスの片翼に、もうひとつ神様の申し分のない翼をつけ加えたらね、その鳥は、トライアンファントリー(意気揚々)に、わたしたちを打ちのめしてきた問題の上を飛行するのよ。すごいわ〜。


つづく




【2−8】 祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳

  「Powerful conbination パワフル・コンビネーション 」



 私はね、いっつもよ、ニューヨークの超有名な説教者、A.B.シンプソン先生のストーリ−に感銘を受けるのよ。彼は、ずっと健康を害して悩んできたのよね。二種類の神経的な疾患に加えて、心臓の病気も抱えてたのね。彼が、まだ38歳の時に、ニューヨークの医者は、シンプソン先生に言ったのよ。あなたが、40歳以上に生きる事は、まずないでしょうって。


 ただ単にそのお医者さんは、彼の肉体的な健康について語ったのよね。もちろんシンプソン先生も、重々、ご存知でしたよ。シンプソン先生は、説教するのにも随分の努力を必要としたわ。なだからな登り坂も、シンプソン先生には、呼吸困難が出るほど、たいへんだったの。


 体は病んで沈むし、さすがのシンプソン先生も、霊的にもちょっとデスペアー(絶望状態)に、なっちゃいました。もう、仕方がないじゃない。とうとうシンプソン先生は、聖書を開いて、イエス様は、病気について、いったいなんて書いてあるのかイグザクトリー(正確に)に見てみようと思ったの。


 それで、シンプソン先生は、わかったの。イエス様は、いつもこう示されてるの。病気の癒やしはね、イエス様のゴスペル(福音伝道)の、ひとつのパートにすぎないの。その福音伝道は、人を、その存在の根本から贖うことよね。

 
 その啓示を受けてから、すぐの金曜日にシンプソン先生は、田舎道を歩いてらっしゃったのよ。シンプソン先生は、すぐに息切れしちゃうから、ゆっくりゆっくり傷まないように歩いてましたよ。松林のところまで来たら、シンプソン先生は、よっこいしょと丸太に腰をおろして、長い休憩をとりました。


 気がつくと、自分でも気がつかないうちに、丸太にすわってシンプソン先生は祈り始めたのよ。 

  イエス様、わたしの健康状態は、もうあきません。全くのヘルプレスです。

 その事を神様に訴えていたのね。でも、ちゃんと付け加えました。もちろんあなたが私の健康状態をいつも支えていてくださった事を信じていますと・・・。



 そうやって祈っている時、あのマジェスティー(素晴らしい)なコンビネーション(結合)が、再現したのよ。 私たちの全くの力不足と、神様の完全な力のコンビネーションよ。しして、シンプソン先生は、祈りました。イエス様が私のうちに来てください。そして、そしてフィジカルな必要もイエス様が満たしてください。。。と。


 その田舎道の林の中で、私は神様とコネクト(結びあわされる)したのです。神様の臨在のセンスが、私の組織までうずいていました。


 それから数日後、シンプソン先生は、3000フィート(1000mくらい)の山に登る事ができました。「私が山頂にたどりつけた時、弱さと恐れの世界は、わたしの足の下にありました。その時から、わたしは新しい心臓を、この胸に頂いたような気がするのです。」


 そして、彼は、めざましく活動しました。この出来事から3年のうちに、シンプソン先生は、1000回以上もメッセージの奉仕をしました。一週間に、20回の集会を持つ事もありました。彼は、疲れてしまったって感じた事はなかったんだと証しできました。


 シンプソン先生のそれからのご生涯は、信じられないくらいの説教をしました。教会を牧し、たくさんの本を書き残しました。彼は、76歳まで、この地上を生きました。


 彼が死んでからも、シンプソン先生の働きは生きています。彼が立ち上げたアライアンス・ミッションは、現代も大きな霊的な力です。シンプソン先生の著書は、いまなお増刷され何百万人もの兄弟姉妹に祝福を与えてきました。


 つづく


【2−9】 祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳

   「 Let Me handle the matter!  」


 いままでみてきたように、私たちが私たちのヘルプレス(無力)を認める時、どうして、祈りは、驚くべき力を発するかしら? 

 まず第一に、神様は、私たちが自分の置かれている本当の状況に直面するように強く主張されるからです。 つまり、自己欺瞞や単なる希望的観測の上ではなくて、真理の土台の上に、祈りの建物を建てるのよね。

 私たちが自分の状態がヘルプレス(無力)であることを、認識して認める時にね、神様が祈る時に不可欠であるとされる正しい態度を、急速に身につける事ができるのよね。その事は、人間が神様を無視して独立して歩もうとする最も重大な罪に、致命的な一撃を与えます。

 もう一つ、理由はあるわ。私たちが自分自身や、神様以外の誰かに頼ってる時は、私たちが、学ぶ事がないのよ。神様について、神様の私たちひとりひとりに対する個人的なご愛について、神様のほんとうの力について・・。

 そして、イエス様との交わりは、人生の本当の目的であるし、永遠へのたったひとつの基盤よ。イエス様がわたしたちに与えてくださる日々のイエス様との交わりは、現実よ。

 ですから、あなたのすべての人間的なプランや打算が失敗しちゃっても、また一人、また一人とあなたが頼るにする人がノックアウトしちゃっても、あなたの目の前でドアーが締められても、take herat.テイク ハートよ。気を取り直しましょう。

 神様はあなたにメッセージを送ろうとされてるのよ。「人間の不十分な力に頼るのは、もうやめたら! その問題を、私にまかせてみないかい。」って、メッセージよ。


つづく

【2−10】 祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳

 じゃ、いい。この章の最後になっちゃうけど、ヘルプレス(無力)の祈りを神様にする時の3つのサジェッションについて、書いておくわね。

 その1

 神様に対して、正直であること。神様の目で見たら、自分がヘルプレスであると言う事実に気がついていますと、神様に告げましょうよ。もし、御心なら、エモーショナル(感情的)なレベルでも、自分のヘルプレスを感じられるようにして頂きましょう。そして、その事は痛みを伴うって事も認めましょうね。

 この第一のステップが必要とされる心理的理由がちゃんとあるわ。それが感情の力ににまで触れられなければ、ヒューズが切れたままみたいなものだからよ。


 その2

 二番目に、心の願いを神様に告げなさい。あなたは、自分のヘルプレス(無力)を認めました。なら、神様は、あなたのできない事を、できないあなたを通して、おできなると言う確信をグリップ(つかみとる)しなさいよ。あなたは、しばらくこんなふうに感じるかもしれないわ。まるで割れ目の上の空虚さにあるように。そんな感情は無視しましょう。すでに神様が働いて問題を解決してくださっていると感謝しましょう。


 その3

 3番目に、ドアを開けるときは気をつけましょう。正しいドアーを開けるときに、あなたは、神様の御手がドアノブを握っておられることを、静かに確信できるでしょう。その時こそ、アクション・タイム(動き出す時)なのよ。新しい(創造的な)ステップへの機会なのよ。

 
 未来に、雲が晴れ日が注ぐ日がやってきた時に、あなたは振り返るわ。その時、神様への賛美で心がオーバーフロー(満ちあふれる)よ。神様はあなたの事を十分にケアしてくださって、神様だけに心を向けるようにしてくださったのよ。神様の厳粛なプロヴィデンス(神意)なしに、あなたは、このヘルプレスの祈りのアメージング・パワーを学ぶ事ができなかったのよ。


つづく

【2−11】 祈りの冒険/キャサリン・マーシャル よっちゃん珍訳


 2章の祈り 「 I hand to you this situation. 」
         この状況を あなたに ゆだねます。


 主よ。わたしは、まわりの状況に打ち負かされています。コーナーのわなにかかってもう逃げ場のない動物のようです。主よ。このような時に、あなたはどこにいらっしゃるのですか? 夜は、真っ暗で、私は、あなたの臨在を感じる事ができません。


 私が知る事ができるように助けてください。この暗闇は、あなた様が見守って差し伸べてくださる御手の影にすぎないと。そして、それが、あなた様から来ている事を。たぶん外に方法がなかったのでしょうね。 わたしの注意を集中させ、あなたが私の生活になすことをデモンストレイト(示す)ために。


 いま、私はわかります。私のカップが空っぽなほどに、あなたの御愛と贈り物を受けるのためのスペースが大きくなる事を。わたしは、いまの状況をあなたにゆだねます。


 お願いします。あなたご自身の時に、あなたのご自身の方法で、あなたの豊かな貯水池から私を満たしてください。


 天の父なる神様、どんなにか私は感謝しているでしょう。私に値するからではなくて、イエス様のゆえに、そしてイエス様に値するあなたの富を私に注いでくださいますから。イエス様の御名によって 私は祈ります。  アーメン


 2章が終わりました。、3章「 ドリームズ カム ツルー」  に 次回より入ります。


3章へつづく