【1】 新井稔兄「天国で会いましょう」 See you again 敬愛する皆様へ 本日は、私、新井稔の前夜式(葬儀)にお集まりくださいまして本当に有難うございます。 敬愛する皆様へ  私は16年前、妻、1順子の病気、召天を通してイエス様と出会い、これまでの自分勝手な、手探りのような確信のない人生から、イエス様 に導かれつつ歩む本当に平安な人生へと変えられました。イエス様に 導かれて歩む人生がいかに幸せであるか、是非皆様に知っていただき たく、少し証しをさせていただき、お礼の言葉とさせていただきたい と思います。 (イエス様との出会いは「光よあれ(6集)」に証しさせていただいておりま す。) 主イエスを信じなさい。そうすればあなたもあなた の家族も救われます。,,(使徒の働き16:31) 初めて目にした聖書のこのみ言葉は、私の心を強く引きつけました。 主を恐れることは知識の初めである。愚か者は 知識と訓戒をさげすむ。,, (蔵言1:7) あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、 主はあなたの道をまっすぐにされる。” (蔵言3:6) イエス様は私のような者をあわれんでくださり、わがままを赦してくださり、心の目を開いてくださったのであります。 皆様には、まだイェス様を目でみることは出来ませんが、この手紙が読まれる頃、私は天国でイエス様と顔と顔を合わせてお会いしている に違いありません。 “今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、 その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。 今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私 が完全に知られているのと同じよ引こ、私も完全に 知ることになります。 (第1コリント13: 12) イエスが来て…それからトマスに言われた。… 信じない者にならないで、信じるものになりなさい。(ヨハネ20:27) 見ずに信じる者は幸いです。 (ヨハネ20:29) イエス様が私たち家族のために手を差し伸べてくださった救いの計画は、1989年)妻、順子のガンという辛く悲しい試練でありま した。 わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。 主に責められて弱り果ててはならない。主はその 愛する者を懲らしめ、受け入れる全ての子に、 むちを加えられるからである。訓練と思って耐え 忍びなさい。神はあなたがたを子として扱って おられるのです。 (ヘブル12:5-7)   イエス様は順子を愛し、私たち家族を愛していてくださったゆえに試練を通して滅びの道から救い出してくださいました。イエス様は、 その豊かな愛によって、順子を導きイエス様を信じる者へと変えてく ださいました。そして、1989年(HI) 12月10日、永遠の故郷、天国へ 召してくださいました。その時、子供たちはまだイェス様を知りませんでしたが、イエス様は悲しみに打ちひしがれた子供たちのことも心 配してくださり、順子の兄や姉、周りの多くの方々を通して支え、助 け、育んでくださいました。 わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。 (ヨハネ14:18)  そして、子供たちの進学、東京への転勤、娘千穂の、家での一人生活…等々色々な変化がありましたが、イエス様はどこででも共にいて くださり、いつも励まし導いてくださいました。 わたしは、あなたに命じたではないか。強くあれ。 雄雄しくあれ。恐れてはならない。おののいては ならない。あなたの神、主が、あなたの行くところ どこにでも、あなたとともにあるからである。1, (ヨシュア1:9)  1992年(H4) 6月27日、私たちをこよなく愛してくれた義父(沢村征司)が召されました。そして、1994年(H6) 8月14日、私たちにイエス様を紹介してくださり、家族の救いのために祈っていてくださっ た小川泰徳兄が召され、同年8月22日、長兄(新井栄一)が召されま した。義父も長兄もイエス様を愛していました。イエス様は、宗教ともキリスト教とも関係のない天地万物の創造主であり、生きて全てを支配しておられる唯一真の神様だからです。 神、その道は完全。主のみことばは純粋。 主はすべて彼に身を避ける者の盾。 まことに、主のほかにだれが神であろうか。 私たちの神を除いて、だれが岩であろうか。 (詩篇18:30-31)  今頃は、私もイエス様のみもとで順子や裕一、沢村の父や小川兄や 兄栄一、先に召された兄弟姉妹とも再会を喜び合って、にぎやかに過 ごしているに違いありません。 わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。 もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしよう。 あなたがたのために、わたUま場所を備えに行くの です。わたしが行って‘あなたがたに場所を備えたら、 また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。 わたしのいる所にあなたがたをもおらせるためです (ヨハネ4:2-3)  イエス様は、人一倍母親っ子だった,息、子、裕一をあわれんでくださったのでしょう、1998年(H9) 3月6日、22歳で、母のいる天国へと引き上げられました。あまりに突然の出来事でした。私はイエス様の大きな御心にも豊かな愛にも気付かず、イェス様!どうして!なぜですか!と叫んでしまうような不信仰な者でありました。 まだイェス様のことをよく知らない娘、千穂にとって、弟を失ったショックとその悲しみはいかばかりだったかと思います。そんな娘を どのようにして慰めればいいのか、為す術のない惨めなあわれな父親 でした。しかし、イエス様はそんな者を見捨てられることもなく、駆 けつけてくださった兄弟姉妹とともに裕一の壊れた身体を囲んで祈りへと導いてくださいました。 わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。(ヨシュア1:5)  わたしがあなた方のために立てている計画を よく知っているからだ。それはわざわいではなくて、 平安を与える計画であり、あなたがたに将来と 希望をあたえるためのものだ。,, (エレミヤ29:11) 裕一の死は災いではない!イエス様が平安と将来と希望を与えてくださる!そんな思いが与えられ、少しづつ悲しみが癒されていきま した。そして、ヘブル書のみ言葉が心に浮かんできました。 信仰によって、エノクは死を見ることのないよ引こ 移されました。神に移されて、見えなくなりました。,, (ヘブル11:5) 裕一のことを一番よくご存知のイエス様が、再び失うことのない永遠の喜びの中へ移してくださった、永遠の幸せを与えてくださった、 そんな思いが与えられ、いつしか心は平安を取り戻し、イエス様の導 きを感謝できるように整えられていました。 「親父、天国ってどんなとこなんだ?」裕一はよくそんなことを聞きました。私は、「天国は、人間の言葉では言い表せられないほどすばらしい所だから、聖書にあまり多くは書かれていないけど、親父が思うに、天国は人間の想像を超えた、驚くほどすばらしい所だと思うよ。例えば…裕一が一番好きな友達と、一番好きなことをして、お腹がペコペコになって、目の前に大好物の料理がいっぱい並べられ、さあどんどん食べてくださいと言われたときの、何十倍もすばらしい気 持ちになれる所だと思うよ]などと間の抜けた話をしたこともあります。 私はまた、聖なる都、新しい工ルサレムが、 夫のために飾られた花嫁のよ引こ整えられて、 神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。 …また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼ら の目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。 もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。り (黙示録21:2-4) これまで、親族やイェス様を信じる兄弟姉妹が幾人も召されました。 同じ会社の同僚だった佐野兄も召されましたし、昨年(H17) 10 月、 次兄(新井定)も召されました。召される直前まで兄が大切にして いたみ言葉です。 イエスは言われた。「わたUよ、よみがえりです。いのちです。 わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」り (ヨハネ11:25) “私たちの国籍は天にあります。り (ピリピ3:20)